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a lump of sugar
今朝もテレビは相も変わらず胸くそ最悪な出来事を伝えてくれる。
かと思えばエロい顔したアナウンサーが、今日一日の人類の運命を告げる。
「 ああ、俺今日最下位だ 」
シーツの波のあいだから、唸るような声がした。
声の主が見えないまま、起きてたんだ、と返す。
手元に用意したカップにコーヒーをゆっくりと注ぐ。
心地いい音がして、酸味のある香りが鼻をかすめる。
コーヒーは、どんなアロマにも勝てない。
俺はカップを持ってベッドに腰掛けた。
波にのまれた彼はまだ浮かんでこない。
「 ラッキーアイテム、カチューシャて 」
テレビでは既に次の話題へと移っていた。
近くの駅に車が突っ込んだニュースが流れていて、
騒然とした現場映像から、どうやら死者もいるらしい。
運転手は俺らより若く、
訳もわからない薬の名前が報じられていた。
けたたましいサイレンの音と叫び声。
それらは酷く耳障りが悪く、俺は思わずカップに目を落とした。
すると突然、
後ろから高波にのまれるようにベッドへと引きずり込まれた。
コーヒーが揺れる。
「 わわ、ちょっと、あぶない 」
腰に巻き付いた白い手を睨む。
光が飽和する部屋の中で、シーツの境界線が霞んで見える。
「 何て顔してやがる 」
まだ気だるさが残る声に、色気が漂う。
コーヒーがこぼれていないことを確認して、
俺は黙ってカップに口をつける。
苦みの強い味が喉を熱くした。
ようやく起き上がった彼は半裸状態で
まさにそこは白い海のように思えた。
「 … らしくねえな 」
不機嫌そうにそう言うと、彼はキッチンへ向かった。
戻ってきたその手には
角砂糖がいくつか見えた。
「 … 俺、無糖派なんだけど 」
持っていたカップに勝手に入れられそうになり、
ベッドの上を逃げた。
「 俺は激甘が好きなんだよ 」
ジャイアニズム100%の台詞に、思わず吹き出すところだった。
心の奥に燻っていた、黒い靄に風が吹く。
ひとつ、ふたつ、みっつ
角砂糖がコーヒーの中へと沈んでいく。
小さな音を立てて崩れていくのを見守る。
そっと、目の上を口付けられた。
そのまま星が降るように次から次へと口付けされる。
「 ちょ、ちょっと、さっきから何なの一体 」
カップをかばうように彼に背を向ける。
すると、
「 こうしてる間は手前が辛いこと見なくて済むだろ? 」
そのキラキラと反射する金色の髪の毛を揺らしながら、
彼はそう言った。
さもそれが当たり前だと言わんばかりに。
俺は呆気にとられた。
その単純な思考に若干引くが、
でも、彼なりに励ましてくれているのは十分わかった。
心の靄に、温かい光が差し込む。
「 … シズちゃんらしい 」
後ろの方ではまだニュースが続いているが、
その音は聞こえてこない。
しばらくの間だけでも、
このカップの角砂糖が溶けきるまでは
ふたりだけの世界に没頭しても、バチは当たらないだろう。
温かいカップをベッドの横に置くと、
今度は俺から口付けをする。
そして、白い海へと落ちていった。
fin
▲▽
○あとがき○
嫌なニュースで溢れる毎日。
人ラブな臨也さんもさすがにやられる、と言うお話。
砂糖が溶けるまでって、すぐだよなぁ。