ラムネそら




恐らく、
というか、十中八九、あの顔は負けたんだろう。


帰ってくるなり、ちゃぶ台にその顎を乗せ、
何処を見るわけでもなく溜息をついている。


平日、晴天、昼過ぎ。
他の兄弟はいない、平和な居間。


求人雑誌をめくる音に合わせて
また一つ、溜息が聞こえる。


「 … ねぇ、気になるからやめてくれない 」


不幸がうつるわ、と、たまらずに言う。


ちゃぶ台の上、淀んだ目だけがぎょろりと動く。


「 気になるんなら慰めてくれよぅ 」

「 なんで、俺が慰めなきゃなんないんだよ 」


自業自得だろ、と吐き捨て
雑誌に目を落とした。

すると、手元にゆらりと影が落ちてきたのに気付き
顔を上げる。


窓からの逆行によってしっかりとは見えないが、
まっすぐに見下ろしてくるその目に、
先ほどの淀みは無いようだった。


「 え、 な に、 」


後に続くはずだった言葉は音にならず、
塞がれた唇の奧で虚しく空回った。


状況に追いつけなくて、
それでも、情けなく開いた俺の唇を
さも慣れた手順で舐め取られと、
必然と腰のあたりが浮くのを感じた。



窓の外、遠いところでサイレンが鳴っているのが聞こえた。
瞬間、ふっと唇から温度が消えた。


「 へへ、かなり元気になった 」


そう言った奴の顔は、
相変わらずよく見えなかったが
ペロリと出された舌と、少しだけ赤くなっている耳だけは確認することができた。


「 んじゃ、もうひと勝負してくるわ 」


くるり、と背を向けて出ていくその姿を、ぼんやりと見送った。

すっかり酸素が薄くなった肺が、少しずつ、満たされていく。


「 … な んだ、 いま の 」


さっき聞こえていたサイレンが、
すぐ横の道を通り過ぎた。


同時にどうやら兄弟が帰ってきた音がする。

慌てて手元の雑誌を握った。
が、どうも視点が合わない。
おまけに心臓の音がうるさくて、思考が回らない。


「 ただいまーっ、 … って、あれ、 」

「 … どしたの、 」


床に無造作に落ちている雑誌と、
窓の外へ身を乗り出している俺を見た彼らの反応としては、妥当と言える。


この後どうしてくれというのだろう、あの兄は。

ああ、空の色ですら、うまく見えない。








fin*








○あとがき○
本当はキスした後の状況は書かないつもりでしたが
流れで、兄弟が帰ってきてしまいました。笑
どうして良いかわからないチョロさんが、窓から身を投げ出している図。
「事故?」を彷彿とさせてます。


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