万華鏡に入れたいもの
いつも、きっかけは何でもいいんだ。
それが丸かろうが尖っていようが、冷たかろうが、痛かろうが。
君の細胞が俺を感じて泡立つのを想像するだけで、目眩がする程に興奮する。
「 っ手前、また懲りもせずによくも現れたなっ…! 」
細胞がざわつく音が鳴る。
ほら、耳障りなこの町の喧噪が見事なファンファーレへと代わる。
「 酷い言われようだなあ 」
向かって飛んできた瓶ビールのケースを横目に笑う。
この町は彼にとって投げやすいもので溢れている、と思う。
(あくまでもそれは彼にとって、だけど)
「 今日こそ息の根止めてやるっ 」
今度は足下にテーブルが転がる。
ぐしゃりと落ちたそれを踏みしめる。
「 昨日さ、夢を見たんだ 」
俺の一言で幕は上がる。
ぴたり、と彼の動きが止まった。
その手には、『止まれ』の標識があったが、それを無視して続ける。
立ち位置、ライティング、マイクON。
「 薄もやの森の真ん中にあるベンチ、そこで俺は誰かに膝枕をしている 」
ゆっくりとこちらを探るように、彼の息づかいが聞こえる。
「 相手の髪に触れると、とても柔らかくて驚いたよ 」
「 … その夢と俺がどういった関係があるっていうんだ … 」
じりじりと苛つく目に、背筋が疼く。
感情を露骨に表す獣を焦らしながら、俺は静かに続ける。
(さながら、猛獣使いか)
「 くすぐったいように動く相手が甘える声で俺の名前を呼ぶんだ 」
「 っ… 臨也、手前ぇっ 」
「 違うよ、夢の中のシズちゃんはもっと優しく呼んでくれ… 」
言い終わる前に、俺は向かってきた拳をよけた。
そして、風を切って彼の間合いに入ってそっと囁いた。
「 ね、シズちゃんも俺の夢ってみるの? 」
瞬間、世界から音が蒸発したかと思うほどに
彼の動きは止まって、
次に見たのは、瞳の中の、明らかな動揺の色だった。
まるでついさっきとは違って、小動物のように小さく揺れている。
胸が締め付けられる痛みを覚えた。
俺は思わず目を細めて、空に叫びそうになった。
ああ、
「 今度、夢の続きをしようね 」
俺は彼に背を向けて、足早に近くの路地裏へ入った。
いつの間にか、妙に厚ぼったい空から小雨が降り出してきていた。
一粒、ひとつぶ、皮膚から染み込むのが心地良い。
四角いフレームから空を見上げる。
遠くでサイレンが鳴っていて、コンクリートの壁を反響する。
この町は、
きらきらと眩しい物がたくさん詰め込まれている。
そして、日々それは形を変え、俺を飽きさせることはない。
まさに彼はその象徴だ。
次は、どんな表情を見せてくれるだろうか。
サイレンの音に混ざって、聞き覚えのある雄叫びと
同時に壁が崩れる音が聞こえたところで、
静かに幕は下ろされた。
fin*
○あとがき○
ハイテンションで書き上げたお話。
それ故どこか狂気気味。
最後の雄叫びは、彼の怒りの雄叫びかそれとも照れか…